箱根登山と諸葛孔明の関係

hakonetozann

【箱根の山は天下の剣】

箱根はハイキングのメッカ。登山コースとしても、駒ヶ岳へのルートなどが有名です。最近は、噴火で世を騒がせていますが。

タイトルの「箱根登山 と諸葛孔明の関係」をご覧になって、「なんだそれは?」と思われた方も多いでしょう。

なぜ箱根と『三国志』の名軍師・諸葛亮孔明が関係あるのか?

もちろん、ストレートに孔明が箱根にやって来たわけではありません。

箱根の「険しさ」に関連しているのです。

箱根の山を歌った歌と言えば、なんと言っても『箱根八里』が有名です。

『箱根八里』というタイトルは知らなくても、「♪箱根の山は天下の剣〜」という出だし部分は、ご存知の方も多いいでしょう。

その出だしから、『箱根の山』が題名と思われがちですが、『箱根八里』が正解。現在でも箱根に行けば、あちこちでこの歌詞の碑を見ることができます。登山道入り口付近にもありますね。

作曲は、『荒城の月』でも知られる、かの滝廉太郎。明治時代には中学校唱歌にもなっていますが、『荒城の月』ともども懸賞応募作品だった事をご存知でしたか?


【まるで蜀の桟道】

「♪箱根の山は天下の剣〜」、それ以降が歌える方は、ほとんどいらっしゃらないかと思いますが、「天下の剣」というくらいですから、それだけ箱根山が険しくそびえ立っていることを讃えた歌です。

ちなみに『箱根八里』の8里(約32km)は、旧東海道で、小田原宿〜箱根宿までの4里と箱根宿〜三島宿までの街道のことで、登山道ではありません。

登山道でなくとも、ただでさえ険しく難儀だった、ということでしょう。

『箱根八里』は、ひたすら箱根の山は険しさを讃えた歌で、その例えに、孔明が魏の国に攻め込んだ際に越えた(越えざるをえなかった)『蜀の桟道』が登場するのです。

2番、冒頭「♪箱根の山は天下の岨 蜀の桟道かずならず」

元は李白の漢詩で、蜀から魏の国に向かう桟道があまりに険しく難所であったことが謳われているのですが、「箱根はそんなもんじゃないぞ」ということです。

今や観光地ともなっている『蜀の桟道』を見ると、いやいや、登山道として考えてもシェルパーでも足のすくみそうな難所で、確かに箱根山も大変ですので、「数ならず」というのもうなずけます。


【蜀の桟道】

孔明の率いた蜀軍も、北閥の際にこの桟道で苦慮し、有名な一輪車の元となった「木牛」を発明したと言われ、三国志演義にも登場しています。

滝廉太郎は、この歌を作った時に結核の療養で箱根温泉に滞在していますが、作曲が目的(懸賞応募)らしいので「蜀の桟道」部には関わりがないのかもしれません。

作詞は鳥居 忱(まこと)という先生。代表作は、『箱根八里』です。

良い詩は大自然と共に生まれたのかもしれません。


今回のまとめ

箱根登山と諸葛孔明の関係
箱根の山は天下の剣
まるで蜀の桟道
蜀の桟道

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